鍋の蓋だけを売りに行かされるだいちゃんこと「大介」。
まだ小学校を卒業したばかりの近藤商店の跡取りです。
なんで自分がこんなことをさせられなければならないかと不満に思いながらも、とにかく売りに歩きます。最初に足を運ぶのは、店に世話になっている人のところ。
「なんでそんな変な格好をしているの?」と、事情を知らない奥さんは笑います。
「格好なんて聞くな!。 とにかく買ってな!」と大ちゃん。
「うちでは、鍋蓋なんかいりません。
あんた、何も説明せんと、買ってなんて言われてもよう買いません。」と奥さん。
「ほな、いつもお世話になってますって、あれうそかいな?」「もうええ、わしの代になったら面倒みんからな!」捨て台詞を残して、大ちゃんはお客さんのところを後にします。
もちろん、その奥さんも大ちゃんが鍋蓋を売り歩かされている事情を知り、そして彼を教育しようとしているのです。
次に行くのは、また近藤商店が世話をしている人とのところ。
また、断られてしまいます。
「あんた、わては近藤商店からお世話になってます。
だけど、それとこれは別や!」と怒られてしまいます。
そして、言われます「自分の力で売りなさい。顔見知りを頼るな!」ここでもあそこでも、断られまくります。
そして多くの人から教えられます。
「自分の都合で売るのではない、人のために売れ!」「商人は人に好かれないといけない。」「商人は24時間いつも商人であること。」「商人にとってはすべての人がお客さん。」母親からは言われます。
この母親役は長内美奈子でした。
もちろん、もっともっと若いころ。
「あしたの覚悟は覚悟じゃない。覚悟したら今すぐに行きなさい。」さまざまな経験を経て、大ちゃんは気づきます。
「これまでは買うてもらう人の気持ちなんか考えていなかったんだ。」そして初めて鍋蓋を売ることが出来ました。
売るというよりも買ってもらえたというほうが当っています。
その時の会話です。
「おばちゃん、今なに言うた?」「鍋蓋買うてやる。売って欲しい、言うたんや!」実に感動的なシーンです。
お客の心と売り手の心がひとつになった瞬間です。
「私がもっと驚いたことは、お客さんがお客さんを連れてきて説得してくれたこと。」大ちゃんはやっと売るということがどういうことか、お客さんが買ってくれるということがどういうことかを知ったのです。
そして述懐しながら映画は終わります。
「そうして、大勢の方のお陰で一人前にさせて頂き感謝しております。」てんびんのように売り手の心と買手の心が釣り合ったところに本当の商売が成立する、それがこの映画の題名の由来です。
商人の原点、私はいつも迷うとこの映画を見ます。